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小林市の城館

町の情報/小林市観光協会

岩牟礼城
いわむれじょう

所在地 小林市東方城ヶ迫〜野尻町三ケ野山瀬戸ノ口

概要 野尻町にある高松城に関連する城郭。

宇賀城
うがじょう

所在地 小林市真方?

概要 『日向地誌』には記載があるが、ツ山城と同一かもしれないらしい。

内木場城
うちこばじょう

所在地 小林市東方内木場

陣之尾
じんのお

所在地 小林市北西方陣ノ尾

谷ノ木城
たんのきじょう

所在地 小林市東方谷ノ木

野頚城
のくびじょう

所在地 小林市東方上薗、野首

概要 野久首城とも書く。伊東氏48城のひとつで、城主は米良筑後守。
 西側に空堀があり、本丸と二の丸二つの曲輪があったらしい。

星合杉砦

所在地 小林市真方?

概要 1572年、伊東氏が飯野を攻めたときの砦跡のひとつ。

三ツ山城
あやじょう

所在地 小林市真方下ノ馬場

築城者 北原氏

概要 三ノ山城、小林城ともいう。現在は城山と呼ばれている。北原氏が築いたもの。1561(永禄4)年、伊東義祐が攻め取り米良筑後守を配した。1566(永禄9)年、島津義久が攻めるが守りとおす。伊東氏48城のひとつとなり城主は平良彦十郎。木崎原の戦いの後も伊東氏の支配下にあったが、1576(天正4)年に島津氏が高原城を攻めた際、城主の伊東勘解由は城を明け渡した。

駐車場 なし(狭い広場状の土地はある)

雑感 島津VS伊東の最前線にあって、幾度かの激戦が繰り広げられた。シラスで出来ているらしく、南方部分は崩落も激しい。説明板がいくつかあるが特に整備されておらず、山上は雑木林となっている。周りの土地に大手橋、向江馬場、下の馬場、水の手橋などの地名が残る。

吉富城
よしとみじょう

所在地 小林市細野城山、鳥居元

概要 別称、亀固城。北原氏の居城。はじめはこちらも三ツ山城といったという説もある。

竜ヶ峯塁
りゅうがみねるい
所在地 小林市南西方杉玉

小林市須木の城館

 

内山城
うちやまじょう

所在地 小林市須木内山向江

小城
こじょう

所在地 小林市須木中原中河間

城ヶ尾
じょうがお

所在地 小林市須木島田町古屋敷

陣原
じんばる

所在地 小林市須木(詳細不明)

須木城
すきじょう

所在地 小林市須木下田唐池

概要 別名松尾城、鶴丸城。伊東氏48城のひとつで城主は米良長門守。木崎原の戦い後島津氏の支配となり、いったん伊東氏が取りかえすが1576(天正4)年の高原城合戦で再び島津領となる。近世は薩摩藩の外城体制の拠点となった。
本丸、庚申城、肥田木城という名の曲輪があり、松尾城は本丸の居館を指し、肥田木城は詰めの丸だった。肥田木城の西側の平坦地には近世の会所がおかれていた。

鳶の巣城
とびのすじょう

所在地 小林市須木下田永田

奈佐木城
なさきじょう

所在地 小林市須木奈佐木中島

概要 那佐木城とも記す。伊東氏48城のひとつで、城主は肥田木三郎兵衛尉。野尻、三ツ山、須木とともに真幸口をおさえる重要拠点だった。

 

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