10月「エイズとウイルス」
理科教師
長井正三郎
1.はじめに
最近、新聞テレビなどのマスコミでエイズウイルス「HIV」という言葉がよくとりあげられています。エイズをひきおこすウイルスの名前であることから、エイズという病気のもとになっているものであることは誰にでもわかります。しかし、一歩ふみこんで、その「ウイルスって一体どんなものなの」と問いかけたとき、「こんなものなのだよ」と答えられる人は少ないようです。
また、エイズだけでなく「B型・C型肝炎」などもエイズと同じように、血液を通して感染する病気です。
ウイルスのことが、こんなに身近な問題となっているにもかかわらず、多くの人に具体的にイメージされないのは、そもそも学校教育のなかで「ウイルスの学習」がきちんと位置づけられていないからだと考ます。
3年前のことですが、私はエイズのことについて電話で中年の男性(同性愛の人)と話す機会がありました。そのとき彼はしつこく「大腸菌がエイズの菌に変るんだ」と語りました。私が「それは、まちがっている」と言っても、彼は「私たちの仲間の間では、そのように話し合って理解している」といって容易に認めようとはしませんでした。再度電話をかけてきて、「君の言うことは絶対にまちがいないか」と聞いてきたので、「絶対まちがいない。エイズのウイルスは、エイズのウイルスからできるんだ」と答えたことをおぼえています。
そのことがあってから、私は「ウイルス」のことを学習しなければエイズの学習はできないものと考え、それ以後のエイズの学習の中では、いつも「ウイルスの学習」をとりあげることにしています。
2.エイズの学習
- エイズはインフルエンザなどと同じように、ウイルスという大変小さい 微生物によってひきおこされる病気です。
- エイズという病気をおこすウイルスの名まえを「HIV」といいます。
- HIVは日本語になおすと、「ヒト免疫不全ウイルス」といいます。
ヒトの免疫システムを病気にするウイルスです。
Human | Immuno | Deficiency | Virus |
(ヒトの) | (免疫の) | (不全=うまくいかない) | (ウイルス) |
- AIDS(エイズ)は、このHIVに感染して、免疫のはたらきが非常に弱くなって、いろいろな病気をおこしている状態のことです。日和見感染症といいます。
AIDSのことを日本語では、後天性免疫不全症候群といいます。
Acquired | Immuno | Deficiency | Syndrome |
(後天性=生れた後に獲得した) | (免疫の) | (うまくはたらかない) | (症候群=いろいろな病気) |
- 感染
細菌やウイルスなどの病原体が、体内に侵入することを感染といいます。
- HIV感染者とAIDS(患者)の数
<感染者> | <患 者> |
全世界 2,200万人 | 全世界 200万人〜300万人 |
日 本 5,000人 | |
2000年には最悪の場合、7000万人になるだろうといわれています。
- ウイルスとはどんな生物か
- ウイルスは非常に小さい生物です。
細菌や生物のからだをつくっている細胞は、ふつうの顕微鏡で見ることができますが、ウイルスは電子顕微鏡でなくては見ることができません。

- HIVの大きさは1万分の1mmくらいです。
HIVは、中くらいの大きさのウイルスで、0.0001mm(1/10000mm)の大きさです。
パチンコ玉を1000mの大きさにまで拡大したとき、HIVがやっとパチンコ玉の大きさとして見ることができます。また、1cnfの紙の上に、HIVを重ねないで並べたとき、100億個のせることができます。
- 細菌や細胞には核の中に遺伝情報(設計図)があります。ふつう、生物はDNAを遺伝子にしている。
細菌や生物のからだをつくっている細胞は、みんな核の中に遺伝情報のテープ設計図)をもっています。その情報にもとづいて、自分のからだをつくったり、自分の情報を子や孫へ伝えていくはたらきがおこなわれているのです。

●人間のからだをつくる基本的な情報

*DNAは、デオキシリボ核酸といい、遺伝の情報をもった二重らせん構造の分子である。
核にあるDNAの二重らせん形のテープに、たくさんの遺伝情報が書き込まれています。
DNAが、仮に1のような形をつくる情報を持っているとすると、情報を運ぶRNAに2のように転写し、このRNAが、核の外に出ていって、細胞質内のリボソームで、1の形のたんぱく質(3)をつくります。それによって、その人ならではのからだがつくられていきます。
- ウイルスには細胞膜がありません。
細菌や細胞には、外と内との境に細胞膜があります。その細抱膜を通して外から栄養物をとり入れたり、いらなくなったものを外に出してしまうことができます。
ところが、ウイルスには細胞膜がないので、外から栄養をとり入れて食べることもないし、成長もしないし、病気にもなりません。死ぬこともないでしょう。でも、ある種の化学物質や熱によってこわされることはあります。
- ウイルスは情報(設計図)だけをもっている生物です。
情報だけもっている生物がウイルスです。ですから、ウイルスにとっては「情報」が生命なのです。ウイルスがもっている重要なものは、ほかの微生物や細胞も同じようにもっているDNA(またはRNAと呼ばれるDNAによく似たもの)という、情報のテープだけです。情報(設計図)だけはもっているが、それにもとづいて物質を出し入れしてものをつくったり、エネルギーをとり出したりする場所(工場)をもっていません。だから、生物ではないとも言えそうですが、もし生物であるとすれば欠陥生物と言えます。

ウイルス |
DNAウイルス……DNAに遺伝情報を保管しているウイルス |
RNAウイルス……RNAに遺伝情報を保管しているウイルス |
- ウイルスが行なうただ一つのこと
ほかの生物がするのと同じように、それは「自分と同じ新しいウイルス」をつくるということです。でも、ウイルスは細菌や細胞などのように、分裂によってつくることはできません。

- ウイルスは、生きた細胞に入りこんで新しいウイルスをつくる。
タンパク質の殼に包まれた情報(設計図)だけのウイルスは、生きた細胞の中に入りこんで、そこを自分の宿(住み家)とします。その宿にした細胞の工場の中にある道具と部品を手に入れ、エネルギーを使って、設計図通りの新しいウイルスをつくるのです。ちょうど、ウイルスはテレビゲームのソフトか、プレイヤーのコンパクトディスクに相当するものといえるでしょう。
- ミクロの世界に生きる微生物や生物の細胞の中に忍びこむ遺伝情報がウイルスです。
- ウイルスが代々生き続けていくには、必ず宿主(寄生する相手)が必要なのです。

- ウイルスが生きた細胞に感染したときにおこること。
飛行機をつくる工場であったところで、おもちゃの車に、ウイルスに感染した細胞は、自分がするべきことをとりやめてウイルスをつくる工場に変ってしまうのです。
ウイルスは生きた細胞の中に入りこんで、それをウイルスの工場に変えてしまうのです。

- ウイルスが住みつく細胞はきまっている。
細菌はからだの中に入りこんでも、細胞の中にまでは入りません。細胞の中に入りこめるのは、ウイルスだけです。しかし、ウイルスというのは、細胞があれば何でも感染するのではありません。肝炎のウイルスは肝臓の細胞に、脳炎をおこすウイルスは脳の細胞にくっつくための道具を、それぞれもっているのです。
- HIVはヘルパーT細胞(T4細胞)に住みつくのです。
HIVは、免疫システムの中心となっているヘルパーT細胞を最も好んで感染します。HIVと、他のすべてのウイルスとのちがいは、ヘルパーT細胞に住みついて、やがてその住み家であった細胞を殺してしまうところです。
- HIVのやっかいな性質。 〜HIVはレトロウイルスである〜
HIVはヘルパーT細胞の中に入ると、自分がつけていたタンパク質の上着をぬぎすて、情報テープだけの裸になってしまいます。ほとんどの細胞やウイルスでは、この、もともともっていた情報にもとづいて子孫をふやしますかHIVは特例で、もともともっていた情報テープをいったん種類のちがう別のテープにつくり変えます。その、つくり変えられたテープは、ヘルパーT細胞の核の中まで入りこみ、細胞自身の情報テープの一部分に自分のテープを無理やり組みこんでしまうのです。
こうして、より多くのHIVをつくる計画が、細胞自身の計画の一部になりきってしまうのです。事実上ヘルパーT細胞はHIVにのっとられ、HIVを生産する工場に変えられてしまうのです。
●エイズウイルスの厄介な性質

エイズウイルスはRNAからDNAへ情報を転写する性質を持っています。(1→2これを逆転写といいます)。そしてこのDNAが宿主(人間)のDNAに近づき、宿主のDNAを切ります(3)。そして宿主のDNAにもぐり込んで、情報を変えてしまうのです(4)。
・逆転写酵素をもったRNAウイルスを、レトロウイルスといいます。
レトロウイルスはRNAウイルスですが、いったんDNAとなって宿主のDNAの中に組みこまれないことには、ウイルスを増やすことができないのです。

- 免疫のはたらきと私たち
・体外から侵入してきた、自分のからだのものとちがう有害な細菌、ウイルスや物質を見つけだしそれらを攻撃して排除する仕組みのことを、免疫といいます。
赤ちゃん | → | 青年 | →老化 | → | (死) |
(免疫不全) | | (免疫力大) | | (免疫力低下) | |
・免疫はからだの中のお医者さんです。この役目をしているのがからだの中の白血球です。
- 抗原と抗体
・生物にとって有害な異物の細菌、ウイルス、毒素などをひっくるめて 抗原といいます。ダニやスギの花粉も、一種の抗原です。
・抗原を攻撃するためにつくられる特別な物質(抗体グロブリンというタンパク質)を、抗体 といいます。

- 免疫にかかわっている白血球のなかま(白血球軍団)

- ヘルパーT細胞(T4細胞)のはたらき
・HIVは、免疫システムの司令官にあたるヘルパーT細胞(T4細胞)に寄生するのです。

3.おわりに
ウイルスをどうとりあげていくかは、私にとっても試行錯誤の段階で、苦労しているところです。
ただ、細菌やウイルスが人間社会を大きくゆさぶっている現在、早い時期に理科教育の中でウイルスの学習をとり入れた「エイズ学習」を位置づけるべきだと考えるのですが……。参考となる意見をおきかせください。
主な参考文献
山本直英編著 「エイズ学習のすすめ」 (大月書店)
畑中正一著 「ウイルスは生物をどう変えたか」 (講談社)
岡本尚・畑明・岡田新著 「エイズウイルスとの闘い」 (講談社)
山本直樹・山本美智子著 「エイズの基礎知識」 (岩波ジュニア新書)
リン・S・ベイカー著 「エイズのことがよくわかる本 上」 (HBJ出版局)
「AIDS VOLUNTEER TEXTBOOK」 (HIVと人権・情報センター)
参加者アンケートより
エイズウィルス〜わかっていたつもりであったが、本日の説明でとてもよくわかった気がします。絵でとても理解しやすい。子どもたちに返したいなと思いました。ぜひ、おしえてあげたいですね。
普段専門用語でしか、勉強する機会がないが、今回はいかにして、わかりやすく教えるかという点ですばらしかった。
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